| おしえて№490 投稿者 ながこさん | ||
「屁の河童」「河童の屁」とも言いますね。 屁は文字通りおならのことです。河童は自由自在のおならをすることが出来たという言い伝えから、簡単なことのたとえに使われるようになったのではないでしょうか。 「鵜呑みにする」の「鵜」は「長良川の鵜飼い」で有名な鳥の一種です。鵜は魚を食べる時に噛まずに丸呑みにしてしまうことから、人から聞いた話をよく考えずにそのまま信用することの意味に使われるようになりました。 河童の屁はもともと「木っ端(こっぱ)の火」でした。昔、七輪焜爐(カンテキ)で火をおこすとき、まず火種として、使った割り箸、 木屑、鉋屑を一番下に入れ、その後火を付け、燃え上がったところへ 炭なり薪をいれるのですが、この木端は、ぱっと燃え上がるもののすぐ燃え尽きてしまうから、手早くしなければ間に合わないんです。 そこで、はかないものを「木端の火」と称したのですが、「木端の火」ではまとも過ぎて面白くないので、江戸っ子特有の洒落で「河童の屁」とした説があります。ところで子供の頃見たテレビアニメ「ど根性ガエル」で歌っていた歌は♪ざまぁカンカンかっぱのへ〜♪ でしたね。 鵜呑みにするは、字を見ればわかりますが、鳥の鵜(う)です。鵜はえさである魚をかまずに丸のみにするんですが、このことを人間にあてはめて、他人の考えや案を十分理解・批判せずに受け入れることを表すようになりました。 鵜呑みの鵜は鵜飼いのあの鳥の鵜です。 鵜はあの細い首で大きな魚でも咀嚼せず丸飲みにしてしまうことから、良く吟味せず頭から信用してしまうことを「鵜呑みにする」と言うようになりました。 余談ですが、鵜飼いの漁は鵜が魚を呑み終わる前に鵜匠が鵜の首を締めて飲めないようにして魚を取り上げるものです(^-^;; 勿論折々にご褒美は上げるのですが、鵜との信頼がないと出来ない事ですね。 「屁の河童」は、「蛙の面に小便」と同様に、気にしない(苦にならない)の意味で使われ、簡単なという意味では使われないと思います。 河童はメタンが湧き出ているような沼地などに住むので、ヘドロ臭などには慣れているので、屁ぐらいの臭いは気にならないとの意味でしょう。 鵜は、海岸にすむ鳥で捕まえた魚を丸飲みにするので有名です。この性質を使って、首のしたのほうを綱で締めておいて飲み込めなくしておき、魚を丸飲みさせては、吐き出させて魚を取る伝統的な漁法は、鵜飼として保存されています。 「屁の河童」は、かつて「河童の屁」と表現されていて、一説では河童が水中でする屁は勢いがないことから、取るに足らない、造作もない様子、平気であるといったたとえになったといわれています。 一方江戸中期の代表的国語辞書の一つで雅語・古語以外に俚諺・俗語を主とする点が大きな特色の『俚言集覧』には「河伯(河童)の屁、何のたわいないと云う意。或る人いえらく、木っ端(こっぱ)の火という事のなまりなりといえり」とあるように、他の説では「木っ端の火」の訛ったものとも言われています。「木っ端の火」とは木の削り屑などが燃える火の事で火持ちしないことから転じて、はかないこと、たわいのないことのたとえとなりました。 以上情報源:角川文庫『やっとわかった日本語!ことばの豆辞典』 「鵜」は生まれつき魚を噛まずに丸飲みする習性があることから、転じて物事をよく理解もせず意味も噛み砕かないままに受け入れることのたとえとなりました。 へのかっぱを大辞林でひくと 何でもないこと。簡単にやってのけること。河童の屁。ということで、更に「河童の屁」をひくと、取るに足りないことのたとえ。へのかっぱ。〔「木端(こつぱ)の火」の転とも、河童は屁を水中でするので勢いがないからともいう〕 水中の屁で、勢いがない事が語源だったんですね。 鵜呑みを大辞林でひくと 〔鵜が魚を丸のみすることから〕 (1)食物をかまずに丸のみにすること。「御飯を—にする」 (2)他人の考えや案を十分理解・批判せずに受け入れること。「師の説を—にする」 ということで、さらに「鵜」とは、 ペリカン目ウ科の鳥の総称。中・大形の黒色の水鳥。首が長く細長い体つきで、くちばしが長く先が鋭く下に曲がる。水に潜って魚を捕り、のどにある嚢(そのう)に一時貯える習性がある。日本にはウミウ・カワウ・ヒメウ・チシマウガラスの四種が繁殖。ウミウを飼いならして鵜飼いに使う。 ということで、「鵜」とは、有名な「鵜飼い」に使う鳥のことなんですね。 鵜飼の鵜が魚をそのまま丸呑みにすることから転じているからです。 ちなみに,博多弁でへのつっぱりは取るに足らないほどつまらないことを指します。額に肉の人も言ってました。「屁のつっぱりはいらんですよ」と。 「屁の河童」直ぐに出来そうな事柄を、指す言葉。 しかし、河童の放った屁とは関係無さそうだ。「屁」は、するものではなく、放(ひ)るもの。七輪で火を起こす場合、紙くず、木屑に火を付け、燃え上がったところに火の着き易い木っ端(こっぱ)を乗せ炭に火を着ける。直ぐに消えてしまうので、儚いものを「木っ端の火」と呼んだ。「木っ端の火」では面白くないので、江戸っ子特有の洒落で「河童の屁」と称した。種を「ネタ」、宿を「ドヤ」、これを「レコ」、のようにひっくり返して「屁の河童」が誕生した。江戸弁、「〜って、やんでい。そんなもん、へのかっぱでいー!」と使う。 参考URL:HACKPRIVATEROOM http://www2.justnet.ne.jp/~hack/gogen.htm より抜粋 鵜呑みの鵜は鳥ですね。鵜飼いが鵜をつかって魚をとることで有名です。ちなみに鵜は魚を丸呑みするので「他人の考えや案を十分理解・批判せずに受け入れること」意味になったようです。 「へのかっぱ」これは「河童の屁」の逆転です。語源は「木屑の火:こっぱのひ」です。木屑に火をつけるのは容易なことからきています。これが訛ったものです。「鵜」は鳥ですね。鵜飼いの鵜です。鵜の目鷹の目の鵜です。鵜は魚を丸飲みにするところから来た言葉です。 ウ科の鳥の総称。中形で暗色の水鳥。体と首は細長く、くちばしも長くて、先は鋭く下に曲がる。海にも湖沼にもすみ、水中にもぐり、魚を捕えるが、餌をとるとき以外にはあまり水にはいることがない。全世界に約三〇種、日本には四種を産するが、普通に見られるのはウミウ、カワウ、ヒメウの三種。鵜飼に利用されるのはウミウ。中国ではカワウを使う。 Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988.国語大辞典(新装版)ゥ 小学館 1988. また、鵜のみとは、魚を捕えて飲み込むところから 物事をよく理解すること と言う意味だそうです。 「屁の河童」と「河童の屁」は同じ意味で、単純に河童のした屁のことです。河童は、水の中の屁をするので、あまりにも力強くありません。そのことから、力強く(力を入れずに)出来る事の例えになりました。 「鵜のみにする」の鵜は、鳥類・ウ科の水鳥の総称で古くは「シマツドリ」と呼ばれました。全世界に32種類生息中。日本にも住んでます。(鵜は、魚を丸のみにするのでこの言葉が生まれました。) 「大辞林」によりますと う 【鵜】 ペリカン目ウ科の鳥の総称。中・大形の黒色の水鳥。首が長く細長い体つきで、くちばしが長く先が鋭く下に曲がる。水に潜って魚を捕り、のどにある嚢(そのう)に一時貯える習性がある。日本にはウミウ・カワウ・ヒメウ・チシマウガラスの四種が繁殖。ウミウを飼いならして鵜飼いに使う。 鵜というのは、ウ科の鳥の総称です。 鵜呑みとは鵜が魚を丸呑みすることから(goo大辞林) 河童は水中で屁をするので勢いがないことから、取るに足りないことのたとえ(goo大辞林) |
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